選択的無痛分娩の実際

高齢初産などで子宮口が硬い場合、前夜から翌朝までの間に子宮口をある程度広げる前処置が必要です。そのためには前日入院していただいて、小さなバルーンを子宮口に挿入します。 初産婦の分娩時間が経産婦より長いのは、子宮口が4〜5cm開くまでに時間がかかるからなのです。バルーン挿入によって子宮口が開くため、夜中に陣痛が始まる場合もしばしばありますので、前処置に先立って、硬膜外麻酔を行って痛みに備えます。腰部を消毒した後、皮膚の麻酔をして細いチューブを硬膜外腔に留置して固定します。
翌朝、陣痛が始まっていない場合には、子宮口を軟らかくして、ゆっくりと陣痛がついてくる錠剤を飲む場合があります。万一の備えでもある点滴(血管確保)によって輸液(ビタミン加乳酸リンゲル液約500ml)を行います。バルーンが脱出すると子宮口は4〜5cmに開いている場合が多く、この頃には多くの症例で自然に陣痛が始まっています。 *硬膜の外側にある硬膜外腔へ細いチューブを挿入し、鎮痛剤や局所麻酔薬を注入すると、注入部の神経が支配する部位だけを選択的に無痛状態にします。痛みだけがとれ、足を動かすことも、いきむこともできます。

陣痛がない場合は、点滴を利用して陣痛を誘発するために子宮収縮薬を極めて少量ずつ入れて行きます。分娩監視装置で子宮の収縮の強さや頻度、胎児の心拍などを正確にモニターしながら、点滴の注入速度を加減することによって、安全で有効な陣痛(子宮収縮圧と収縮周期)に調節します。子宮の収縮は張りとして感じますが、痛みはありません。「張って来るのはわかるけれど痛くない」という状態で分娩が進行します。痛みだけが無く、他は自然のお産と同じです。自分でいきみ自分で産むのです。痛みがなく冷静に介助者の言うことを聞くことができるため、いきみの動作が上手にできます。筋肉や皮膚も最大限の伸展性が発揮できるのと、痛さのあまり必死の勢いでいきむこともないので、裂傷が起こりにくく出血も少なくてすみます。生まれ出る時の赤ちゃんを、痛みなしに見ることができます。会陰切開は原則として行いませんが結果的に50%は実施されます。

自然分娩の経験のある方は、「生まれたばかりの赤ちゃんを胸に抱いた時の感動は、無痛分娩の方がはるかに大きい」と皆様がおっしゃっています。 人の分娩は、直立二足歩行による頭部の肥大化と子宮の倒立がもたらした、産道通過性と未熟児性という二つの相反する要素のせめぎあいの中で、最大機能(100±α%)を発揮して初めて成立します。 生理機能の100%を越えた時に、裂傷や胎児への圧迫が起こり、その痛みは初産では指を切断された時の痛みに近い※と言われています。

従って、頭部の異常肥大というデメリットを、それによって得た医学の進歩というメリットで補ってこそ、人の分娩に対する正しい対応だと思います。このメリットの中で、除痛はお産を安全に進める役目を果たします。そして少子化対策の最も有効な手段の一つでもあるのです。詳しくは妊P第5号.特集無痛分娩をご覧ください。

【参考文献】※お産の痛みを比べると… McGill疼痛質問表を用いた場合の疼痛尺度(Melzack, R. Pain. 19, 1984, 321-37より簡略化(田中))

PAGE TOP


ホーム